2 図書室
階段を駆け上がり、誰もいない廊下を走り抜ける。
近くにいた警備の騎士に頼んで大きな扉を開けてもらうと、さっきまで見たくもなかった本の山が目の前に現れた。
「珍しいですね、殿下おひとりでこちらにいらっしゃるとは…」
扉を開けてくれた騎士が不思議そうに声をかけてきた。
「いつもお付の彼はどうしたのですか?」
「カイザルのこと?カイザルはね……」
ちらっと来たほうの廊下を見ると、当のカイザルがかったるそうにこっちへ向かってくるのが見えた。
「うげ。マジで図書室来やがった……どうしたんすか本当に」
かなり失礼な事を言われている気がする。
「お疲れ様ですカイザル殿。図書室ではお静かにお願いしますよ。大声を出して、埃を吸い込まれては大変ですからな」
さっきの騎士が僕に対する態度から一変、冷たく言い放った。
カイザルよりかなり年上に見えるから、若いうちから王族のお目付け役をしている彼が気に食わないのかもしれない。城の中ではよくあることだ。
「ハハッ、お気遣い痛み入ります」
適当に返すカイザルを尻目に、僕は図書室の、歴史書が置いてある辺りに向かった。
どの本も分厚く、本棚から取るのさえ一苦労しそうだった。
「えっと……そうせいき、ってやつかな。よいしょっと……」
とりあえず手に届く所にあった本を手に取ってみた。と言っても、両手で抱えるので精いっぱいだけど。
さっき拾った物に彫られていたのは初代国王の使っていた紋章だったはずだ。
だから、この島の最初の歴史……創世記の本を見るのが早いと僕は考えた……のだけれども。
「……全然わかんない……」
見た事も無い単語や記号ばかりで、どこに何が書いてあるのかもさっぱりだった。絵がないから見当もつかない。
「カイザル〜〜」
「なんですか殿下……え、なんかまた随分難しいの持ってきましたね」
ようやく部屋に入ってきたカイザルは、僕が机に置いた本に目をむいた。
「初代国王様の事が知りたいんだ。特に、王様が持ってたお宝とか」
「なんだ、急に勉強する気になったと思ったら。お宝探しでも始める気ですか」
もう見つけたかもしれないんだけど。
そうとは口には出さないで、僕は本を開きながらうーん、と適当な返事をした。
「まぁ宝探しでも何でも、少しでもやる気が出たなら別にいいんすけど」
カイザルの言葉に、僕はむっとして振り向く。
「まるで僕が何にもやる気がないみたいじゃないか」
僕の文句に、カイザルは違うんすか?ととぼけてみせる。
「座学の時間はすぐ逃げ出すわ、剣や馬の訓練も自主練もせず適当にこなすわ……どこの誰がやる気があるって言うんですかね」
「そんな事は……あるけど……カイザルだって勉強は嫌いだって言ってたじゃないか」
「オレは戦いが本職なんでいいんですー」
こうなってくると、もう本を読むどころじゃなくなってしまう。静かな図書室の一席で、僕とカイザルの終わりがない口喧嘩が始まった。一応小声で。
「戦いって、カイザルが戦ってるとこ見た事ないんだけど?いつも僕にくっついてくるだけだろ」
「あ?またそーやってオレを暇人みたいに……殿下のお守りも大変なんですよ」
「それ僕の前で言うかフツー」
「オレだって苦労してるんです。こないだも殿下のやる気がないのはオレのせいだってベアトリーク様に……あ」
口喧嘩の途中で、カイザルはハッとした顔で口をつぐんだ。ベアトリーク様というのは僕の父上……アラスティア国王の妹で、僕の叔母にあたる人だ。
「なんだよ、おば上が何か……」
「やっべぇ……今日、団長とベアトリーク様が城にいらっしゃる予定になってたんだ!殿下、さっさと準備しないとオレが殺される!!」
珍しく大慌てするカイザルの言葉に、僕の顔もサッと青ざめる。
「何でそれ最初に言わなかったの!?」
ベアトリークおば上と言えば、僕の礼儀作法の先生として何かとガミガミ言ってくる人、という印象しかなかった。
少し前に騎士団の団長をしているラグレス卿と結婚してからは会っていなかったけど、身だしなみとかに厳しいのは変わってないだろう。
そして今、僕は地下の部屋のホコリやら何やらのせいで、髪も服もドロドロになっている。
こんなのおば上に見られたら……きっと1ヶ月マナー講座詰め込み合宿行きだ。
「そりゃ殿下が急に図書館とか言い出すから……って、言い合ってる場合じゃねぇ。部屋に戻りますよ!」
「分かった!」
よーいどん、で2人同時に僕の部屋へ向かって走り出す。
さっきまでの口喧嘩とはうってかわり、同じ目的のためなら僕らは息ぴったりだ。
「カイザル殿!図書室ではお静かに……殿下も!」
「サーセン、急いでますんで!」
「ごめんなさい!」
入り口の所にいた騎士の声も適当に受け流し、少し離れた居城への廊下を突っ走る。
バタバタと部屋をあとにした僕たちは、当然、図書室にいたもう1人の存在に気付くはずもなかった。
机に散らばった分厚い本を手に取り、元の棚に収めていく。
まるで図書室の本全てがどこにあるか分かっているかのように、最後の一冊を戻すまで、その手は止まることはない。
「まったく……出した本くらいは片付けるものだろうて」
呟いた言葉とは裏腹に、ニヤリと笑ったその人物は……見張りの騎士にも気付かれることなく、図書室から姿を消した。
続