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3  アラスティア城ホール

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部屋に戻ると、僕は埃まみれになった服をピカピカのやつに着替えさせられ、髪もいつもより念入りに櫛をいれられ、とにかく女中のお姉さんたちにもみくちゃにされた。

やっと解放されたのは陽もだいぶ傾いてきた頃で、僕は追いたてられるように自分の部屋を出た。

 

「なに、ぶちゃむくれてるんすか。キリッとしてくださいよ」

部屋の前に控えていたカイザルが、半笑いでたしなめてくる。

 

「もうホールにいらしてますよ。ベアトリーク様と旦那様が」

「げぇ」

 

久しぶりに会うおば上より遅れて行くなんて、何を言われたものか。一気にこの場から逃げ出したくなったけれど、それはそれで後が怖い。

しぶしぶカイザルに引きずられてホールへ向かうと、既に父上がおば上ともう一人、3人で談笑していた。

 

「相変わらず美人ですねぇ」

ベアトリークおば上を眺めて、カイザルが小声で漏らした。

「ベアトリーク様も美人だけど、団長殿もまた負けず劣らずって具合だからなぁ。ああいうのをお似合いって言うんでしょ」

 

確かに、カイザルの言う通りだ。

父上と話していたもう一人…王家とこの国を守っている騎士団の団長、ローラント・ラグレス。

 

キリッと整っているのに、いつも優しそうな表情の顔。どこにいても目立つ金色の長い髪と背丈。

隣にいる父上がなんだかちっぽけに見えるぐらいだ。

 

……と、その横のベアトリークおば上の足元に、小さい影がしがみついているのに気が付いた。

おば上やラグレス卿と同じ明るい金の長い髪と、怖がっているみたいに揺れる大きなサファイア色の目。

 

「ね、ねえねえカイザル」

どきどきして、僕は隣に突っ立っているカイザルをつついた。

 

「どうかしましたか?ってか、あちらに行かないんですか」

「いや行くけどさ。ねぇ、あの子誰だろう?おば上のそばに居る…」

 

ん?ああ…とカイザルが顔を上げる。

「そういや殿下はご存じなかったですね。お二人のお子さんですよ。もう3つになるのか……。落ち着いた頃合なんで、城までご挨拶にいらしたとか」

 

なるほど、おば上がしばらく城に来なかったのはそういう訳か。

 

美人夫婦の子どもと言うだけあって、その子もなんだかキラキラして見えた。

足元もおぼつかなさげなのが、またすごく……。

 

「かわいいなぁ………」

 

思わず呟いてしまうほどだった。

それを聞いたカイザルがぶっと吹き出す。

 

「なんだよ、笑わなくたっていいだろ」

「いや、まあいいんすけど……どうですか、挨拶してきては」

 

笑いを堪えきれてないカイザルを不思議に思ったけれど、僕は言われなくても、と返してその子のほうへ向かって行った。

 

「あら、ようやくいらしたのですね。待っておりましたのよ」

開口一番、おば上から嫌味が飛んできて僕は怯んだ。

 

「こ、こんにちは。ベアトリークおば上、ラグレス卿。父上も」

 

「こんにちは、殿下。お会いできて光栄でございます」

ラグレス卿もラグレス卿で、微笑んでわざわざ僕に跪くものだから、僕はこの一瞬でどっと疲れを感じた。

 

「いいのだよローラント、今は家族の時間だ。そう畏まる必要はない」

父上がそう言って、ようやくラグレス卿はでは失礼、と囁いて立ち上がった。急に視線が高くなったものだから、見ていた僕の首が痛くなる。

 

ふと、視線を下ろすと、さっきの子と目が合った。そうだ、こっちが本命だった。

僕は少しかがんで、その子の背に合わせてから話しかけた。

「こんにちは。はじめまして」

ありったけの笑顔で声をかけたつもりだったけど、その子はびくっとしておば上のドレスの影に隠れてしまった。

「こら、ダメよレイ。殿下にきちんとご挨拶して?」

おば上がたしなめられて、その子はそろそろと顔を出す。レイっていうのか。可愛い名前だ。

「は、はじめまして……」

声もかわいい。

その子はようやくおば上の脚から離れて、といってもドレスの端を掴んだままだったけれど、ぺこりと会釈した。

「ろーらんと、りゃぐれすのちゃくなん、れいふぉーどと、もうします、おあいれきて、こぉえいです、でんか」

舌っ足らずの口で、とぎれとぎれにその子は「ご挨拶」をした。さすがおば上、自分の子どもにも教育バッチリ……ってそんな事より。

「……ちゃくなん………?」

想定外の言葉に、僕はぽかんと口を開けた。ちゃくなんってなんだっけ。

「レイフォード!きちんとご挨拶出来たなあ!さすが私の息子だ!!」

ラグレス卿が大喜びして、その子……レイフォードの頭を撫でまくっている。だけど、僕はその光景よりもラグレス卿の言葉が耳に響いていた。

…さすが私の息子だ!…私の息子だ!…息子だ……!

 

「………おとこのこ………?」

「ぶっは」

 

僕のつぶやきに、いつの間にかすぐ後ろに来ていたカイザルが再び吹き出した。

こいつ……僕の勘違いを分かってて黙ってたな。

 

「何がおかしいのですか」

「あっ、いや……」

おば上に睨めつけられ、慌てて姿勢を正すカイザル。

 

「まあまあビーティ、彼がクリムソン卿のご子息だよ。カイザルだ」

ラグレス卿がカイザルを庇うように割って入った。

 

いいぞ、もっと怒られろと思っていた僕はがっかりする。カイザルがこっちに向かってこっそり舌を出した。

 

「まったく、外ではそう呼ばないでと申しておりますのに。彼のことはよく存じておりますとも。殿下のお傍付きとしてよく働いてくれていることも」

 

じろりとおば上に睨みつけられ、カイザルは再び敬礼のポーズをとった。

「なんと勿体なきお言葉!今後も殿下の近衛として精進していく所存であります!」

 

ショウジンって、サボってふらふらしてることだろうか。

 

僕は口を挟みたくなったけれど、こちらをじっと見つめる視線に気付いて、そろりとベアトリークおば上の後ろに回り込んだ。

おば上のドレスの陰に隠れていたその子は、近付くと少し身を強ばらせたけれど、もう逃げることはなく、じっとこっちを見つめてくる。

 

「よろしくね。レイって呼んでもいい?」

 

僕が話しかけると、レイフォードはぱっと顔を赤くしたけれど、すぐにうんうんと大きく頷いた。

 

「良かった。じゃあレイ、一緒にテーブルに行こう。今日は大きなカスタードパイが出るって!」

「!ほんとに!?」

 

僕の一言で、レイフォードの目は一気にきらきら輝きだした。

 

うーん。

もう男の子でもいいんじゃないかな。

 

「まあ殿下、レイフォードの面倒を見てくださるの?」

ベアトリークおば上にまた声をかけられたけれど、今度はいつもより優しい声だったから僕は怯まなかった。

 

「はい。おば上はどうぞ、父上や旦那様と「ごかんだん」を」

 

前に使用人の誰かが言っていたのをそのまま使わせてもらった。

意味はよく分からないけど、おば上がまあ、と微笑んでいたから使い方は合ってるんだろう。

 

「父上も。失礼します」

 

僕とレイフォードはほぼ同時に頭を下げた。

ああ、という声を聞いて顔を上げると、父上は今まで見たことないような顔をしていた。

 

喜んで微笑んでいるようにも見えたけれど、どこか悲しそうな、ひどく弱々しい表情。

いつもの、威厳のある父上とは大違いだ。

 

僕は不思議に思ったけれど、レイフォードが食事のある広間のほうをしきりに見ているのに気が付いたので考えるのをやめた。

多分、横にいるラグレス卿と見比べたせいだろう。

僕はそう結論付けて、レイフォードを連れて広間の食卓へと向かった。

 

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