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4  アラスティア城城門

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広間での晩餐会の最中、1人の従者がラグレス卿のもとにやってきて、何か耳打ちをした。

「そうか、分かった」

 

ラグレス卿は頷いて、ベアトリークおば上に目配せをした。僕は訳が分からなかったが、おば上にはそれだけで何か伝わったらしい。

おば上が僕……というより僕の隣に座っていたレイフォードのもとに歩み寄り、その両肩を抱いた。

 

「レイフォード。わたくしたちは先に居城へ戻ります。貴方は今夜、この王城でお休みなさい」

 

「えっ」

 

思いもよらない言葉に、隣にいた僕もびっくりしておば上の顔を見た。その顔は怒っているわけではなかったけれど、真剣なものだった。

 

「ぼくも、ははうえと帰ります」

 

訳が分からないといった様子で、レイフォードはおば上にすがりついた。それはそうだろう。なんだってレイフォードだけ置いて先に帰るなんて……。

 

「お父様とわたくしは早馬で戻ります。貴方は連れて行けないのです。分かりますね?」

 

おば上はそう諭したけれど、レイフォードは首を振っている。その目には涙が浮かんでいた。

レイフォードが可哀想になって、僕は何か声をかけようとした。だけど、僕がかけるべき言葉を思いつく前にラグレス卿がレイフォードのもとにやって来た。

 

「レイ。お前は将来この城で騎士になる。そうなったら毎日この城で過ごすことになるのだ、分かるだろう?」

 

「……はい」

 

「ならば今夜はその訓練と思えばいい。騎士となって国を守るためのな」

 

こんな小さな子に訓練だなんて無茶苦茶だなあと思ったけれど、レイフォードはそれで納得したらしい。涙を浮かべながらうんうんと頷いた。

その様子を見てニッコリと微笑んだラグレス卿とおば上は、そのままさっさと城を去ってしまった。

 

「……何かあったのかな」

 

女中の人たちになだめられているレイフォードに聞こえないように、僕はこっそりカイザルに声をかけた。

 

「まあ……ラグレス領は最前線ですからね。何かあっても不思議じゃないんですが……それにしてもタイミングが悪ぃなあ」

 

この国……アラスティア王国はいま、隣のヴァルケニア帝国と戦争の真っ只中だ。僕にはいまいち実感がなかったけれど、カイザルの言葉にそのことを思い出させられた。僕は出会ったばかりのレイフォードとその両親の事を思い、なんだか不安な気持ちになった。

 

不安な気持ちは夜になって部屋へ戻っても変わらず、僕はベッドの中でぼんやりと天井を眺めていた。幼いレイフォードは客間に通され、カイザルも今は僕のそばを離れている。1人で部屋にいるのはいつもの事だけど、今日は妙に寂しさを感じられた。

 

ふと、窓の外から何人かの声が聞こえて、僕はむくりと起き上がった。僕の部屋からは城の城門が見えるのだけれど、どうやら声がするのはそちらのほうのようだ。

 

窓から外を覗き込むと、城門のほうには松明らしい明かりがわらわらと動いているのが見えた。思ったよりも大勢が城門に集まっているらしい。目を凝らしてよく見ると、騎士団の人たちが出かける準備をしているようだった。

 

「なんだろう……こんな時間に」

 

僕はなんだか胸がざわざわして、ベッドから飛び降りた。上着を引っ掴んでそのまま部屋の扉をそろりと開ける。廊下に人の気配はない。僕は上着を羽織りながら城門のほうへ歩いていくことにした。普段なら見張りの騎士がいて止められている所だけど、今日はその騎士たちも出払っているらしい。その事がより僕の不安を掻き立てた。

 

誰にも見られることなく城門へたどり着くと、部屋から見た通り、大勢の騎士たちがばたばたと出掛ける準備をしていた。その中によく見知った顔を見付け、僕は思わず声をかけた。

 

「カイザル!なにかあったの?」

 

僕が声をかけると、カイザルはびくりと飛び上がってこちらを振り返った。

 

「でっ殿下!?なぜここに……」

 

「部屋からここの様子が見えて……ねぇ、なにがあったの?カイザルも出かけるの?」

 

僕の問いかけに、カイザルはいつになく渋い顔を見せた。はぁ、とひとつ嘆息すると、低い声で僕に耳打ちした。

 

「……ラグレス城で火災が起きたそうです。騎士団はこれから消火活動に向かいます。殿下は部屋にお戻りを」

 

ラグレス城で……火事!?僕はびっくりして息を飲んだ。ついさっき、ベアトリークおば上とラグレス卿が戻っていったばかりじゃないか。

 

「おば上たちは大丈夫なの!?」

 

「それを今から確かめに行くんです。殿下の傍を離れることになりますが……ご容赦ください」

カイザルは見た事もないような真面目な顔で、僕に頭を下げてきた。いつものふざけた調子が嘘のような彼の様子に、僕はたじろいだ。

 

「わ、分かった……部屋に戻るよ。カイザルも気をつけて」

 

カイザルは真面目な顔のまま頷くと、振り向いて出発の準備をする他の騎士たちのほうへ行ってしまった。不安な気持ちは消えなかったけれど、僕はカイザルの言った通り、自分の部屋へ戻ることにした。騎士たちは次々に支度を終え、ラグレス城へと向かっていく。

 

その一団の中に、僕は有り得ないものを見て、足が止まった。

「あれって……!」

荷物を積み終わって走り出す馬車の中に、小さな影が動くのを僕は見逃さなかった。動物……いや、僕より小さい子どもだ。馬車の荷台で荷物に紛れるように隠れている、その子の顔には見覚えがあった。

 

「レイ……!?」

 

さっき広間で出会ったばかりの、レイフォードだった。どういう訳か、馬車の荷台に乗ってそのままラグレス城へ向かおうとしているらしい。もしかしたら、騎士たちが自分のうちへ行こうとしてるのが分かり、着いていこうとしたのかもしれない。真相はともかく、レイフォードを乗せた馬車はみるみるうちに遠ざかっていく。

 

このままじゃいけない、と思い僕は考える間もなく、まだ出ていない馬車の荷台に転がり込んだ。それとほぼ同時に馬車が揺れ始める。御者は僕の存在には気付かなかったらしく、ぐんぐんとスピードを上げていった。

 

夜の暗がりの中、城の門がだんだん小さくなっていくのが見えていた。僕は少し後ろめたい気持ちになったけれど、レイフォードのことを思い出し荷台の荷物へ潜り込んだ。


 

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