5 ラグレス城
「殿下!?」
突然の大声に、僕はびっくりして飛び起きた。慌てて周りを見渡すと、馬車の荷台を1人の騎士が驚いた顔で覗き込んでいる。そうか、レイフォードを追って馬車に乗り込んで……そのまま眠ってしまっていたらしい。僕は自分の豪胆さに呆れたが、すぐにそれどころじゃない事を思い出す。
「ごめん!」
騎士の横をすり抜け、僕は馬車の荷台から外に飛び出した。するとすぐに熱い空気が頬に当たる。暖炉の炎の何倍もの大きさの火が、僕の眼前に広がった。
「あ、ああ……」
実物を見るのはこれが初めてだったけれど、すぐにこの建物が、カイザルの言っていたラグレス城なのだと僕は悟った。建物全体が炎に包まれ、明々と輝いている様子は不気味でただただ恐ろしかった。
パチパチゴウゴウと炎の爆ぜる音が、大勢の騎士たちの声とともに暗い空に響いている。
僕は呆気に取られて、その場に突っ立ってその光景を見ていた。
「殿下ッ!?」
聞き慣れた、だけど聞いたことがないほど驚いて裏返った声に、僕はようやく我に返った。
ラグレス城から目を逸らし、声のしたほうを見ると、声の主……カイザルが目を見開いて駆け寄ってきていた。
「か、カイザル……」
恐怖のせいか、僕の声も震えて上手く言葉が出てこなかった。カイザルは僕の前に跪くと、僕の肩を力強く掴んだ。
「なんでここにいるんすか!!部屋に戻れって言ったはずでしょう!」
カイザルに本気で怒鳴られ、僕はうっと涙ぐんだ。しかし、カイザルの問いの答えを思い出し、僕はカイザルの腕を掴み返した。
「レイが!!レイフォードが馬車に乗ってるのが見えたんだ!!僕はそれを追いかけて……!」
カイザルはそれを聞いて驚いた様子だったけど、先ほどよりも少し落ち着いた様子でこう返した。
「……レイフォード様なら既に向こうで保護されています。案内いたしますよ」
それを聞いて、僕はほっと胸を撫で下ろした。炎の中に向かっていくレイフォードの姿を想像して、気が気ではなかったからだ。
カイザルの後ろに着いて行くと、彼の言った通り、レイフォードが馬車の中で毛布にくるまれて震えていた。その目は夕方とは打って変わって強い恐怖の色に支配されている。僕はたまらずその傍に駆け寄った。
「レイ、大丈夫だよ、レイ!」
なにが大丈夫なのかはよく分からなかったけれど、僕はそう声をかけてレイの隣に座った。レイはかすかに僕のほうを見て、か細い声で「でんか……?」と僕を呼んだ。
「殿下、レイフォード様のお傍に居てやってくれませんか。オレは消火活動に加わってきますので」
カイザルが真剣な顔でそう言うので、僕はもちろん、と深く頷いた。ラグレス城のほうでは、たくさんの騎士たちが馬車で運んできた水を建物の方へ回していた。だけど炎の勢いはいっこうに衰える様子がなかった。僕も手伝いたい所だけど、僕では足でまといになるだけだろう。それに、レイフォードを1人にはしておけなかった。
「大丈夫。レイは僕が守るよ」
「……お願いします」
カイザルは頭を下げてから、踵を返して建物の方へ向かっていった。レイフォードの方を見ると、カイザルには気が向かず、うつむいて「ちちうえ……ははうえ……」と呟いていた。
「大丈夫だよ。2人ともすぐここに来るさ」
僕はなだめるようにそう言ってレイフォードの手を握った。きゅっと握り返してくるレイフォードの手には、ほとんど力がはいっていなかったけれど、握り返してくれたことに僕は少し嬉しくなった。いまレイフォードが頼れるのは僕だけだ。そう思って僕は身が引き締まる。レイフォードは僕が守らなければ。
レイフォードの手の温もりを感じながら、僕はぼんやりと外の炎と怒声に耳を傾けていた。